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「ヴォイニッチ手稿」に関する新説が、さらにもう一つ!

学生の頃に入っていたサークル先輩から紹介されたチェコの新聞サイトの記事を斜め読みしてみたら、ものすごい内容が書かれていて思わずのけぞってしまった。

「未知の言語で書かれた「ヴォイニッチ手稿」の筆者は、ゲオルク・フォン・リヒ テンシュタインIII世である」

ヴォイニッチ手稿」と言えば、真夜中に一人で見るのは正直怖くて仕方がないという感想がどうしても出て来てしまう。もういい年だというのに、トイレに行くのも怖くなってしまうほどだ。お恥ずかしい話ながら、こういう時にこそ頼もしいお兄さんお姐さんに添い寝をして欲しいと思ってしまうほどだ。それほどの「ビビリ」なのだが、わたしがこうした子どもじみた感想を抱いてしまうのは、延々と文字のような文様と薄気味悪い絵が大量に描かれていて、何らかの意味を感じさせはするものの、具体的には何が書かれているかが皆目分からないからこそであろう。そうした恐怖心もととなっているのはやはり、手稿に延々と記されている謎めいた模様は文字なのか、あるいは文様に過ぎないのか、そしてかりにそれが文字であるとすれば、当の文字を用いて何を書いていたのか、そして一連の文章を書いた筆者が誰なのか——という、ごく基本的な問題に他ならない。人は、たったこれだけのことで訳が分かりそうでまったく分からないと思うものだし、そうした訳が分かりそうで分からないと感じてしまうものには恐怖心を抱いてしまうものなのだ。

あの文字列、あるいは文様は果たして意味を成す言葉なのか、あるいは単なる出鱈目な文字列やイラストレーションの羅列に過ぎないのかという議論が、これまで行われてきた。意味を成す言葉であると提唱する研究者たちは、ある種の人工言語であるという説や、フラマン語に基づくクレオール言語であるという説や、セム語族に属する言語であるという説などをこれまで提唱してきた。最近だと、ロシアの数学者たちが、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、そしていくらかのラテン語を混合したものだったのではないかというを提唱した。

一方、この文書の筆者が誰なのかという問題についても、さまざまな議論が行われてきた。ロジャー・ベーコン(1214-1294)やエドワード・ケリー(1555-1597)ではないかという説がしばしば提唱されてきたものの、決定的な答にはいまだ到達していない。

現時点では筆者はいまだに不明ではあるものの、「ヴォイニッチ手稿」が作成された年代を考える重要なヒントとなる研究が2011年にアリゾナ大学の研究者たちが行った。同大学において行われた放射性炭素年代測定からは、手稿において用いられている羊皮紙は1404年から1438年の間に作られたものであることが判明している。当初はヴォイニッチによる捏造ではないかとさえ囁かれていたのだから、この調査によって彼の名誉は完全に回復されたことであろう。

この手稿に関する記事についてはわたしもいろいろと読んできたが、チェコ人による研究の紹介はこれまでまったく読んだことがなかった。しかも、研究史に貴重な一石を投じる解読作業が行われているのだ。さらに言えば、「ヴォイニッチ手稿」に関して読んできたこれまでの記事とは違って、非常に深く内容に踏み込んだものであり、その内容にも相当な説得力があると感じた。そこで、以下では、上記の新聞記事をごく手短に要約・紹介してゆくことにしようと思う(さすがに全訳を公開してしまうと著作権上の問題が生じてしまうので、全訳の掲載はどうかご勘弁していただきたい)。

「ヴォイニッチ手稿」の解読作業を進めているチェコのアマチュアの暗号研究家イレナ・ハンズィーコヴァー Irena Hanzíková 氏は、すでに手稿の約3分の1を解読している。氏によると、この手稿の筆者はトリエント司教も務めたモラヴィア出身の貴族ゲオルク・フォン・リヒテンシュタインIII世 Georg III. von Liechtenstein / Jiří III. z Lichtenštejn(1360-1419)であり、「ヴォイニッチ文字」によって表記されている言語は古代チェコ語(staročeština)であるということを明らかにした(「古代チェコ語」は、16世紀以前に用いられていたチェコ語を指す。本来ならば「中世チェコ語」と訳すべきだろうが、すでにこの訳語が定訳として定着しているので、定訳に従うこととする)。ハンズィーコヴァー氏が解明したところによれば、古代チェコ語の本文を暗号化する際には、全篇を通して同一の方法が採用されているのではなく、つねに変化し続けてゆくとのことだ。つまり、ある部分においては有効であった暗号化の方法が、少し読み進めるととたんに無効になってしまい、別の暗号化の方法が採用されている。そのため、そうした場に遭遇した際には、新たな暗号化の規則を見出して解読を進めてゆく必要に迫られる——というのだ。

こうしたきわめて複雑な暗号化の方法を駆使してゲオルク・フォン・リヒテンシュタインIII世が記そうとしていたのは、日々の内面生活についてであった。神への愛を告白しているくだりが多いことは言うまでもない。だが、この手記においてきわめて特異であるとともに、この記事の中で最も興味深くもあったのは、キリスト教においてはタブーとされている「転生」を他ならぬ神から説かれ、当初は頑として受け入れようとはしなかったものの、次第に転生という考えに魅せられていったというくだりだ。ついには、神への忠義の末に与えられるものとしての転生という考えを受け入れ、心の平安を得るに至る。そして、転生について語る際には、中世の高位聖職者が書いたものとは思えない肉感的な詩句も記している。以下では、記事の中からハンズィーコヴァー氏によって解読された部分を少しだけ紹介しよう。

一度死んでからしばらくすれば、お前は再びこの世へやって来ることになる——というお告げを神から聞いて、筆者は生きる力を得る。さらにこう続ける。
「私は神様からのお告げを敬おうと思います。私は花開く力を得ました。どんなことでも行いたいと思います。もう悩み暮らそうとは思いません……。我が身のすぐそばにある影に次の人生が訪れたと感じたら、主のご意思を通して私が見出すものすべてを熱く伝えてゆこうと思います。私の証言を広めようと思います。『清く生きよ』ということを」。

「忠節の誓い」と銘打たれたくだりでは、次のような内容が謳われている。

「どんなに辛くとも私[ここでは、神]に捧げてくれるお前の忠義を、熱き感情へ変えてやろう。敬愛、尊敬、永遠の愛へ。私を信じよ。幸せなお前が思う存分愛撫されるようにしてやろう……。お前のすぐ近くで待つことで、お前の身を守ってやろう。危険なものがあれば退けて、棘なき道を作ってやろう……」

ハンズィーコヴァー氏がゲオルク・フォン・リヒテンシュタインIII世が自らの手記を「ヴォイニッチ文字」によって暗号化したのは、この「転生」という概念ゆえのことだったのではないか、と推測している。ヤン・フスらが火刑に処せられたりしていた時代に、カトリック教会における高位聖職者の身分にあった者が、異端の教えに魅了されていることを知られてしまうことは、きわめて危険なことであったからだ。確かに、こう考えると、きわめて複雑な暗号化の規則を駆使してでもあのような大規模な手記を残そうとした意思がうまく説明されるように思える。

——上に掲げた記事には、おおよそこのような内容のことが原稿用紙換算で約20枚弱分を費やして書かれている。文化面かくあるべしという、実に面白く、また、この種の話にありがちの下卑た興味本位の目差しとは無縁の、実に真摯な記事でもあった。とは言え、この方による「ヴォイニッチ手稿」の解読作業に妥当性がどれほどあるのかということについては、わたしにはまったく判断できない。解読作業と解読した内容の妥当性はさておき、完全に解読できたら、是非とも古代チェコ語の文へ翻刻したものとその現代チェコ語訳、そして暗号化の規則とその解読の方法について細大漏らさず記した報告書を添えた単行本を是非とも刊行して欲しい! その際には、古代チェコ語の専門家や中世の歴史を専門とする歴史学者、そして暗号学の専門家による検証論文も併録して欲しい。そうすれば、この方の解読作業がどの程度うまくいっているのかということを客観的に判断することができる上に、従来の研究史に巨大な一石を投じることにもなろう。少々高い本になってしまっても、刊行されたらすぐに喜んで購うつもりだ。

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