【イヴェントのお知らせ】朗読&トーク・イベント 「ワシーリー・グロスマンの夕べ」

朗読&トーク・イベント 「ワシーリー・グロスマンの夕べ」

(上記サイトからの引用です。)

<予告>

朗読&トーク・イベント
「ワシーリー・グロスマンの夕べ」

ワシーリー・グロスマンの朗読&トーク・イベント、日程が確定しました!

この夏、関西のちょっと変わった三つの場所にて、東京と大阪で活躍中の俳優陣を交えて、別々のテクストの朗読と解説による「ワシーリー・グロスマンの夕べ」(仮)を開催いたします。

➀「ユダヤの運命と共にあったロシア作家」(仮)
7月29日(土)夜@カフェ・ルーデンス(西宮・夙川)

②「二つの全体主義に抗して」(仮)
8月19日(土)夜@居留守文庫(大阪・文の里)

③「トレブリンカの地獄――20世紀の悲劇」(仮)
8月20日(日)夜@オンガージュ・サロン(大阪・寺田町)
※ ピアノ&クラリネットの演奏つき(予定)

【朗読】
・志賀澤子(東京演劇アンサンブル)
・石田雅章
・宮本 荊(LifeR )
・赤尾光春

【構成】鈴木径一郎(sputnik.)

【演奏】
・呉多美(ピアノ)
・樋上千寿(クラリネット)

【解説】赤尾光春(大阪大学/関西学院大学・非常勤講師)

【ゲスト】検討中

詳細は追ってお知らせいたします。

乞う、ご期待!

(引用終わり)

先日みすず書房より刊行された『トレブリンカの地獄――ワシーリー・グロスマン前期作品集』の中からプロの俳優による朗読会と翻訳者の直立演人こと赤尾さんによるレクチャー、そして3回目の会場では何と劇伴まで入るという実に豪華な会になるようです。

この一連のイヴェントには是非とも顔を出さねばなりません! 作家や詩人の自作自演は言うまでもありませんが、翻訳者による朗読会もまたもっともっと開かれるべきだと思います。音楽や演劇や舞踊と同様に、文学もまた時間芸術の一ジャンルであるということを、わたしたちは下手をすると忘れがちです。とは言え、よくよく考えてみたら、詩歌であれ散文であれ戯曲であれ、文学作品(とされているもの)の字面には西洋音楽で用いられている定量記譜法とは違って、音価や音高や音の相対的強度や速度などは厳格に指定されてはいないものの、字面の配列それ自体がネウマ譜や浄瑠璃における文字譜と胡麻譜のような働きをしているものであると言えましょう。そう考えると、書かれた言葉の朗読もまた時間芸術という観点から捉えるべきでしょう。(ということは、作曲家の自作自演でのように、文学作品の自作自演の場においても自分で書いたはずのものをきちんと朗読し切れないというトホホではあるものの、実に味わい深い事態も普通に起きてしまうという訳です。クラシックに詳しい方は、ストラヴィンスキーやR.シュトラウスが自作を指揮しようとした際にものの見事に落ちてしまったという微笑ましいエピソードなどを反芻してみましょう。)

というわけで、わたしもいつかヴァンチュラの『気まぐれの夏』の翻訳を刊行していただけるようにしつつ、このような朗読イヴェントを開催できるよう精進せねばなりませんね。

追記: 朗読会の予習として、前期短篇集と後期短篇集を同時に購いました。赤貧洗うがごとき生活に甘んじている身にとってはかなりの出費になってしまいましたが、精神を鍛え上げてくれる良書ですからまったく惜しくはありません。原作者が生前に味わった苦難の数々や翻訳者の労力、そして残念ながら原作者の知名度の低さや今のこの国では文学作品を読む層がどんどん薄くなっているという悲惨な状況を少しでも考えれば、あの値段でもむしろ安過ぎるかもしれません。目下、急ぎの原稿仕事その他が入っているので、感想は後日上げることに致します。

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